「超人ロック」の作者、聖悠紀先生が10月にご逝去されていたとの報が・・・
超人ロックは自分のお小遣いで初めて買った漫画の1冊(もう1冊は新谷かおる先生の「エリア88」)で、それ以来の付き合いでした。何度かあった引っ越しの流れで過去の巻は泣く泣く処分してますが、最新刊までずっと購入してました。数年前からコミックスの後書きでご病気のことを書かれていましたし、ここ数ヶ月は新刊の案内が聞こえてこなかったので唐突感はないんですが、「とうとう」とか「やっぱり」と言った寂寥感は否めないです。
主人公が不老不死(正確には「再生」「やり直し」かと)なので、ネタさえ尽きなければ永遠に描き続けられる内容ですし、いわゆる「サーガ」物としていつまでも読んでいられると思ってた感はありますね。まあ、自分が学生(小学生)の頃から一線で活躍されており、その自分が既に初老の域に入っていることを考えるといつ読めなくなってもおかしくない状況であったんですがね。
聖悠紀先生以外にも、歌手の水木一郎さんをはじめ、自分たちが子供の頃から活躍されている方々が居なくなるのは「昭和は遠くになりにけり」ですが、自分自身が「昭和」「平成」「令和」と3時代に渡って生きている訳で、古い時代が消えていくのは世の流れですよね。
「グインサーガ」は別の筆者が引き継がれたし、「ベルセルク」や「ゴルゴ13」はアシスタントなどの後継に引き継がれ、「ペリー・ローダン」に至っては最初から複数人による分筆で永遠に描き続けられる体制で始められたとも(先の「ゴルゴ13」もさいとうたかを先生が自分の死後も描き続けられるように体制を整えていた、とも聞きます)。系統としては「ペリー・ローダン」や「ゴルゴ13」のようにすれば、絵はアシスタント等で似せて描くことはそれほど難しくないでしょうが、シナリオまでそう上手くいくかが1つでしょうね(石ノ森章太郎先生の「サイボーグ009」のようにコンセプトノートは残っているけれども抽象的過ぎて完全に解読できる人が居ない、とかの例もありますし)。
手持ちで、自分あるいは作者の存命中に完結できるか気になるのは、菊地秀行先生の「吸血鬼ハンターD」「マン・サーチャーシリーズ」、永野護先生の「ファイブスター物語」かな?
さて、ペパクラの進捗です。
冬休み中のサザビーの作製に向けて、着々と粛々と進めてます。本体の回収は概ね終了。今はバックパックと武装に取り掛かり中。一番の難題はファンネルかな?面取りでディテールを上げたいところですが1mm程度だと作製できるかが微妙だし、かと言ってないと単なる円柱で味気ないし。シールドも軽くするために構造を再検討中。組み立て易さとの二律背反を満足するのはなかなかに難しいです。